(トップページへ戻る)

第51話

陣痛の途中で息がきれても
すぐ吸って、またいきむ、
という形で一回の陣痛で2回位いきむんだけど・・・。
2回目は更にうまくできない

 「はい、もう一回!」
 「はい、上手上手、足もうちょっと開いて!」
 「生んじゃいましょう。長くいきんで。」
 「頑張って。」

ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・

歯を食いしばって・・・でも口があいちゃうと
空気がもれます。

 「もれてる、もれてる、口閉じて!」
 「はい上手上手、おしりあげないで!」
 「口閉じて、いきがもれると半分以下になっちゃうよ。」

いきむとなぜだかほっぺに空気がたまり、
歯は閉じてるのに唇から空気がもれちゃう。
陣痛途中で一回息をすいなおし、再度チャレンジ。

 「このままこのまま、生んじゃいましょう!」
 「続けて、そのまま!」

看護婦さんと先生の声は聞こえてるんだけど、もちません。
浮かしていた身体を分娩台に落とします。

握りバーの手が汗で滑ってどうも握りづらい。

 「上田さん、もう少し頑張って、生んじゃいますよ。」
 「頭が出たらいきみはストップですからね。」
 「ちょっと・・・ちょっと手を拭かせて下さい。」

息たえだえの中、やっと声を出す。

 「あ、手が滑る?」

看護婦さんが手のひらを拭いてくれた。
肩で息をしている。
結構疲れた。

 「頭見えてるよ。がんばれ。」

旦那がこそっと告げた。

頭が見えてる。
ちょっと気合が入る。

とにもかくにも産まなきゃ逃げられないのだ。


ええい!

こうなったら体勢なんかどうでもいいや!!
次でうんでやる〜〜!!!!


                

                             続く

 

 

第52話

頭が見えてる。

次で・・・次で産んでやる〜・・・!

心に誓うものの、一抹の不安がつきまとう。
だって自分的にはいまいち上手にいきめてないんだもの。


なーんか前回とは違う。
はっきりいって前回は思いっきり『いきめ』た。
体勢が大きな理由なのだろうが、変えたい、と申し出ても
もうそのまま産んじゃって、と言われるのがオチという気がします。
言えないのだから、このままいきみきっちゃうしかありません。

とにかく、頭が出たら、いきみたくても力を抜く。
これだけ念頭において、次の陣痛をまちました。

旦那はかなり興奮気味であります。
男の子か女の子か・・・。
もう少しでわかる訳です。


陣痛のない時は分監から心臓の音が良く聞こえます。
がんばれちびちゃん!

 「きました、陣痛。」
 「長くね、長ーく。」

陣痛到来を告げると、先生に再び念を入れられます。
一番強いところの手前で大きく息を吸い、吐き、

再び大きく息を吸って、
いきみ!

んんんんんんんんんんんんんんんん・・・・



 「まだまだ。」
 「上手上手、そのままずっとねー。」
 「まだまだやめない、やめないで。」
 「続けて、続けて。」

〜〜〜〜〜んん!!


 
「声ださない!」

 
「声出すといきみが逃げちゃう!」



〜〜〜〜んん!!!

 
「声出しちゃ駄目!」


 「そのまま続けて。」


一旦身体を落とす。


 「はい、また吸って。」
 
「すぐいきむ!」


〜〜〜〜〜・・・・

再び上体をあげていきみ!


ぐっ・・・・

 
「声出さないで。」
 「上手、上手、そのまま・・・!」



う〜〜〜、いつになったら出て来るんだよー!!
もう陣痛の痛みなんかないぞーーー!


って思う位長いいきみだった・・・。




 
「はい、レバーから手を離して!」






 「はい、はっはっはっはっは・・・。」


看護婦さんに言われるまま手を離す。
いきみの途中だったのでいきみたりない気がしないでもなかったけど、
とにかく上体をおろす。
はっはっはってことは頭が出たってこと??
ほんとに??
なんて思っていたら・・・。


 
「はい、おめでとうございま〜す。」
 「9時35分です。」
 「男のお子さんで〜す。」
 「うわ・・・。」

旦那は大喜び。

?????

 「あ・・・ありがとうございます。」

息絶え絶えの中、なんとかお礼を述べる。
どうやら産まれたようです。

でも実は頭の中ではいろんな事が交差していました。


産まれた?


ほんとに???


え?


だって会陰切開は?


あの気持ちのいいくらいのズルンは??


??????



瑞穂の時にあった『ズルン』という産まれ出た感じが全くなかったので、
とっても産んだ気のしない第二子出産だったのでした。


                       続く

 

 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
こんにちは。
やっと産まれましたねー。しかし、瑞穂が88話だったのに対して、
52話とは…。母親学級とかなかったから仕方ないかな??
続きの前に、またまた最近の話を一つ。

 『おかあさんといっしょ』という番組があります。
NHKの番組で、いろんなキャラクターが出てくるのですが、
今の前の前に出ていた「にこにこぷん」という中に
 『じゃじゃまる』というキャラがいたんです。
大倭はおかあさんといっしょのファミリーコンサートが大好きで、
ビデオを良く観ているのですが、最近のビデオより、昔の方が
入手しやすい為、結構昔のビデオを観ていまして…。
その中でじゃじゃまるが、何か事ある度に
 「かあちゃーん、おいら○○しましたよー。」
と大きな声で叫ぶんです。それをおもしろおかしく観ていたのでした。

で、ある日のことでした。

やまと 「ママ、かあちゃんって何?」
私    「?。ママのことだよ。呼び方だよ。ママ・お母さん・母さん
       お母ちゃん…いろいろあるけど。なんで?」
やまと 「じゃじゃまるが、かーちゃーんっていうじゃん。」
私    「いうねぇ・・・。」
やまと 「そっかー。ママの事かぁ・・・。」
私    「??」

と、こんな会話があって・・・。
で、2/17夜の話です。

やまと 「ママかあちゃん。」
私    「?」
やまと 「今日からママのことはかーちゃんと呼ぶからね。」
私    「かあちゃん?なんで?」
やまと 「かわいいから。」
私    「?」(かわいい?かーちゃんという響きが?)
みずほ「おかあちゃん。」
私    「おかあちゃん・・・。」
やまと 「かあちゃんだよ。」
みずほ「お、いらないの?わかった。かあちゃんね。」
私    (わかるな〜〜〜!!)
やまと 「いいじゃん、かーちゃんで。」
私    「じゃパパは?パパはなんて呼ぶことにしたの?」
みずほ「パパはとーちゃん。」
やまと 「おとーちゃんにしようか?とーちゃん?」

二人話合い

やまと 「とーちゃんに決まったから。」
私    「ふ〜ん。わかったよー。パパに言わなきゃね。」

ちなみに日頃パパは冗談で『父上』と呼べと言っていました。

で、実際パパが登場して私がかーちゃんと呼ばれる事に
なったと告げました。

私    「で、パパは何に決まったんだっけ?」
やまと 「うーんとねー。」

しばらく沈黙。

やまと 「パパは、パパちゃんになりましたー!」
私    「
違うだろーーーー!!!
やまと 「違わないの。パパはパパちゃんね。」
私    「とーちゃんはどーしたの?」
やまと 「やめたの(キッパリ)」
私    「ママは?ママちゃんになったの?」
やまと 「ママは、かーちゃんだよ。」
私    「・・・・。」


なんで私が「かーちゃん」でパパが「パパちゃん」かなぁ。。。
う〜ん、もー。
ちなみに翌日、『ママかーちゃん』と呼ばれて、つい返事を
してしまう私でした。一体いつまでかーちゃんが・・・。


では続きです。
と、打ったものの、インフルエンザにかかってしまい、回復の
兆しがみえたところで、旦那がダウン。旦那に回復の兆しが
みえてきたところで、大倭がダウン・・・。
散々な2週間でした・・・。
では、本当に続きです。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


第53話

 「おめでとうございま〜す。」

男の子だという。
とにもかくにもお礼を述べるが、どうにも納得がいかない。
お腹に手をやると、ぺっちゃんこ。
赤ちゃんは元気に足下で泣いている。

 「生まれた、男だよ、男の子。」

旦那は興奮気味だ。
私の方といえば、いきみ方がしっくりいかなかった事・
ズルンと気持ちよく出なかった事などがひっかかっていて
消化不良状態。
なんだか納得がいかない状態だが、もう生まれてしまったので
文句もいえず、健康ならいっか、と思うことにした。
・・・会陰切開はやったんだろうか???これだけは
どうしても知りたかったので旦那に聞いた。

 「ねぇ、会陰切開してた?」
 「え?あ、あぁしてたよ。」
 「そうかぁ。。。」

やっぱりしてたのか・・・と思う。
気づかなかったなぁ。。。
余裕がなかったもんなぁ・・・。
良かったのか、悪かったのか・・・??

 「じゃ、旦那さんはまた少し外で待ってもらって・・・。」

看護婦さんが旦那に退出を促す。

 「片づけがすんだらまた入れますから。」
 「じゃ、また後で。」

旦那は部屋を出ていきました。
看護婦さんが胎盤等を引っぱり出している。
またしてもあの気持ちのいいくらいのズルンはなかった。
どうも出が悪いようだ。
お腹をぐいっと押して更に出していた。
足もとがきれいになったところで、先生登場。
会陰切開部分の縫合になる。
またしても、手元に感染予防の注射と、
縫合するための麻酔とを同時に打たれる。
うまいもんだ、と感心する。
例によって縫いはじめたら先生は話はじめた。

 「そういえば上田さん、一人目医療センターって書いてあるけどその後どう?」
 「あ、はい。今は元気です。」
 「そう、それはよかった。二人目だけど結構時間かかったねぇ。」
 「そうですね。」
 「ちょっと痔にもなっちゃったしね。」

え?

 「あ、こういったのは、治るから大丈夫ですよ。」

治るから・・・って??

 「痔・・・?になっちゃったんですか?」
 「え?あぁ、少しねぇ・・・。でも大丈夫ですよ。」


痔?
痔・・・ってあの・・・。
ヒサ○大黒堂とかって広告してるあれかぁ?!!!



カリフラワーになっちゃって・・・

後輩の声が頭の中をよぎっていく。
その瞬間、ものすごい動揺が私の中を走り抜けていった。

痔だと〜〜〜
何それ〜〜〜〜!!!!!!



                      続く

  

 

第54話

痔になってしまった。 
これはかなりショックでした。
いきみが上手くいかなかった代償であります。
その後の先生の話はほとんど覚えていません。
ただ、あぁ。。。旦那に笑われるなぁ・・・って思っていました。

会陰切開部分の縫合が終わると、今度は例によってお腹にぐるぐると
T字帯やら何やらをまかれ、2時間安静となります。
その段階で旦那が再び登場しました。
給食当番の格好ではなくなっていました。

 「赤ちゃん、みた?」 
 「いや、まだみてないよ。」 
 「一番手前に並ぶはずだから見られるよ。みていきなよ。」
 「帰りにみるよ。」 
 「9時35分だっけ?」 
 「うん、そう言ってた。」 
 「うれしい?」 
 「すんげぇ感動した。瑞穂の時も立ち会えばよかったって後悔した。」 
 「そっかー。私はいきみがなんか変でさぁ、消化不良だよ。」
 「すげぇなぁ・・・。生んじゃうんだもんなぁ・・・。」
 「何が?」 
 「いや、とにかく感動したんだよ、俺は。」
 「?ふうん。」 

なんだかとりとめのない会話をし、旦那は家に帰って仮眠した後、
夕方来ると言って去っていきました。

 「お腹空いたでしょう?どうぞ。」 
 「あ、すみません。」 

看護婦さんがお茶とおにぎりを持ってきてくれました。
すっごく美味しかったです。 
その後、11時位まで、たった30分位ですが、気を失ったように寝てしまいました。
そして、目が覚めたところで悪露チェック。 

 「あら?あんまり良くないねぇ・・・。」 

下腹部をちょいちょいとさわり、また押す。

 「・・・。子宮の戻りがよくないので、お腹にアイスノン当てますね。」
 「え?あ?はい。」 

かくして、私は子供がいなくなったお腹に
冷たいアイスノンを抱えて安静状態を続ける事に
なるのでありました。

やっぱりズルンって気持ちよく出ないのはよくないんだなぁ・・・。
なんて思いながら。


                     続く

 

 

第55話

 「子宮の戻りが悪くて注射打ったんだよ・・・」

子宮の戻りが悪い。
この言葉で、以前友人が言っていた言葉を思い出しました。
どうすんだろ。
このまま悪いままだったら。
不安がよぎります。
アイスノンを抱きながら、横を通った看護婦さんに聞いてみました。

 「え?戻りが悪いとどうなるかって?」
 「はい。」
 「そりゃ、部屋に行けないってことねぇ。」
 「え?じゃ、どこに行くんですか?」
 「先生の判断で決めるんだけど。」

不安が一気に倍増。
部屋に行けない?

ある程度まで戻るまでここで待機??
先生の判断??!!
寝不足の頭がフル回転です。
でもさすがに寝不足の頭。
答えが出ないまま同じところをいったりきたり状態。
子供が、でなく今度は母が悪いのか?
ババひく女だなぁ・・・と思ってしまったりしながら、
安静2時間がすぎるのを待ちました。

11時半過ぎ。
再び悪露チェック。

 「ま、これならなんとか。」

看護婦さんのOKが出てほっと胸をなで下ろしたのは
いうまでもありません。
前回同様車椅子がやってきました。
元気に飛び乗ると、移動です。
赤ちゃんの部屋の前でストップしてくれて
ちょっと覗き見をしました。

 「上田さんはこちらね。病院からのサービスです。」

看護婦さんがくれたのは小さな写真立て。
可愛い写真立ての中にいるのは生まれたての
真っ赤な顔の赤ちゃんでした。
ポラロイドで撮ったようです。

あやや。
3年前とは違うなぁ・・・瑞穂の生まれたての写真って
ないんだよなぁ・・・なんて思いながら、写真立てを膝に乗せて
部屋に向かう私がいたのでした。


                     続く

 

 

第56話

部屋は一番手前のまたまた洗面所の前でした。

 「宜しくお願いしま〜す。」

挨拶をして、入室です。
噂は聞いていたけど、一人に一台ずつTVがついていました。
これも3年前にはなかったサービスです。

荷物を適当に片付けて、とにかく寝よう!と横になりました。

歩行訓練はまだ先です。
前回は夜中で、歩行訓練予定時間より早く
トイレに行きたくなってしまいましたが、今回はどうなる事やら・・・。

そうこうしてるうちに食事が運ばれてきました。
うわ〜い、うれし〜。
しかし・・・。
起きて食べていいんだよな??ちょっと不安。
子宮の収縮が悪いと聞いていたので、動く事が不安だったのです。
子宮は産んだ直後から収縮を始めるので、最初の数時間が
かなり勝負なのだそうなので。

ちなみにメニューはカレーです。
スープとお水がついていました。
喉が渇いていたので大喜びで水分補給しました。
食後はもらった子宮収縮の薬等を飲みました。
食後はまた横になって、さっきもらった写真を
眺めたりしていました。
寝たいのに寝られません。
興奮しているようです。
たった30分だったけどぐっすり寝てしまったのも理由の一つ。
ついでに熱があるらしく、身体も熱いです。
産褥熱・・・。
瑞穂の時も出たので、これは体質だなぁ・・・。
あぁ、暇だぁ・・・。
寝られればいいのになぁ・・・。
旦那は夕方までこないんだし・・・。

TVは各自イヤホンで聞く形でした。
つけてみましたが、今日のワールドカップ日本初戦の
話ばかりでおもしろくありません。
試合が始まったなら面白いんですけどねぇ・・・。

あれ?そういえば赤ちゃん何グラムだったんだろう。。。
瑞穂より重かった・・・と思った記憶は
あるんだけど覚えていません。
う〜ん???
確か赤ちゃんがお風呂に入ったあと告げられたはず。。。
?????
ま、いっか。後で絶対わかるし。
いい加減なもんです。
瑞穂の時はしっかり覚えていたのに。

TVもおもしろくない。
寝てるしかないくせに寝られない私は、部屋の人たちの会話を
聞いていました。

すると、この部屋の人達の会話って何か変なんです。
よ〜く聞いてみると・・・。

そう!
産前の人たちなんです。

みんな切迫流産とか切迫早産で入院してる人たちばっかなの。

ちゃんと生まれてほしいよね、などと聞こえると
ちゃんと生まれちゃった私はなんとなくきまづいの。
ま、ちゃんと生まれたって、その後どん底に落ちることも
あるんだから・・・と瑞穂の経験で思ったりもするのですが。

う〜ん。
しかし、この部屋は・・・。
ちょっと嫌かも。

なんて思いながらもんもんとしていたのでした。


                      続く

 

 

☆--------☆--------☆--------☆--------☆--------☆--------☆
こんにちは。
怒濤の4週間が終わりました。
いやぁ。。。疲れました。
保育園の卒園式(3/27)から始まって、
学童保育への入所(4/1)・大倭の保育園の転園で、
新しい保育所への入所・及び入所式(4/2)その慣らし保育。
小学校の入学式(4/8)・・・とたてつづき、
さすがにばてました。会社も休みまくりましたし。
精神的にもかなり気を使った3週間でした。
そして、やっと今週から会社にまともに一週間いくぞ〜と
気合が入った4/15(月)。

瑞穂発熱!!
37.5度で、本人は学校に行く!と強い希望のため
学校にはいきましたが、学童はお休みさせるべく
手配したりして、しょっぱなからえらくつかれ
瑞穂の手配が済み、家に帰ったこ事を確認した午後4時。
今度は大倭の保育園から電話。



『38.5度あるのでお迎えお願いします』











何〜!!!!やまと!お前もか!!!

自宅に来てもらっていたおばあちゃんに急きょ
お迎えを頼むというまったく忙しい一日で始まりました。

なんとか?えっちらおっちらと新しい生活をスタートさせました。

メール配信も遅れたりしますが、これからも
よろしくお願いします。
といってももうすぐ体験記Uも終わりですけどね。
ではでは、続きです。
☆--------☆--------☆--------☆--------☆--------☆--------☆


第57話

食事を終え、またまた横になって寝よう寝ようと努力しましたが
やっぱり寝ることは出来ません。
暇を持て余していたら、父・母・妹がやってきました。
身体を起こして話そうとしたらまだ寝てろ!と言われてしまいました。

寝ながらだと話に限界があります。
30分もしないうちに帰る事になってしまいました。

ただいま時刻は午後2時30分。
産んだのが9時35分だったから、歩行訓練は15時35分。
まだ1時間以上あるので寝てないと行けません。
あぁ・・・寝たい〜。。。

そうこうしているうちにどうにもこうにもトイレが
我慢できなくなり、前回同様歩行訓練前にトイレに行くことに
しました。前回かなり早く歩行したけど、特に問題なかったし
今回は30分位早いだけだから平気さ〜というのが理由でした。

無事に産まれてうれしい。。。
このあとまた瑞穂の時のようになりませんように・・・と
願いつつ、瑞穂は8時に産まれて、4時間後には手足のひえが
理由で保育器に入れられたことを思い出し、トイレの後は
赤ちゃんをのぞきに行きました。
赤くてくちゃくちゃのお猿さんの顔をしてぐーすか寝ていました。
今日生まれた赤ちゃんなので、ベッドは窓際です。
こーやって見ると、本当に瑞穂ってきれいな赤ちゃんだったんだなぁ・・・
とつくづく思ったりして。
無事を確認して、心も身体もすっきりして戻りベッドに腰掛けると





!?


変な痛みが走りました。

前回会陰切開したって痛くなかったのに何?!!

と、よ〜く考えて『痔』になったことを思い出し
うそ〜、痔って痛いかも・・・と半べそになるのでした。

半べそになりながらもなんか浮れている自分に気づきます。
うれしいんだなぁ。。。私。

改めて生まれたことに感謝し、名前は『倭大』かなぁ・・・。
と名前のことを考えはじめていたのでした。


                           続く

 

 

☆☆☆*********************☆☆☆*********************☆☆☆
メールがきたのでご紹介です。

「二人のお子ちゃまの入学、入所おめでとうございます〜
 新学期も始まって忙しい日々でしたね、新しい環境になると
 緊張から風邪ひいたり熱出したりする事ってありますよね。

 家も長女がやっと4年で3クラスになりました。それで担任も
 変わって、クラス編成もあって本人は緊張していたみたいで
 頭が痛いなんて保健室行ったそうです。微熱もあって病院行ったら
 すぐ治ったけどね〜また仲良しのお友達も出来て、最近は交換ノート
 なんかやってます。

 2年の長男のクラスはそのまま持ち上がりでした。
 緊張もクソもありませんが・・・
 ゆとり教育で勉強内容もだんだん変わって来てますね
 教科書の内容が簡単になってるでしょ。
 瑞穂ちゃんも生活科って言う授業があるでしょ。
 理科と社会を混ぜた教科。
 昔では考えられないお遊び感覚の授業だよ〜

 去年は長女の3年で総合学習が始まってました。
 大豆について調べていたんだけど、これがなかなか面倒でした。
 自分の力で調べ上げられなくって、親が協力したのよ。
 他にも宿題がワンサカ出ているのに、しわ寄せは家庭にまで
 及んで、寝るのが遅くて大変で、ゆとりもなんも無いって生活でした。

 総合学習で何を勉強するかは先生方も腕の見せ所みたいで
 妙に力入ってましたが、そんな事はどうでもいいから大事な
 勉強をカットしないでもらいたい!とお母さん達はみんな口を揃えて
 言ってましたよ〜

 先日4年の懇談会で理事選出がありましたが、私去年で二人分
 終了したので、大威張りで出席出来ました、うはははは!

 瑞穂ちゃんの担任はどんな先生ですか?一年生だからやっぱり
 ベテラン教師かな?ちなみに去年の長男一年の担任は
 低学年に向かない先生でそのまま持ち上がりになったのでブーイング
 だらけでーす。国語の宿題で漢字練習を一日に8個ぐらい
 ドバーっと出して、出さない日は一つも宿題がない・・・
 困った先生です。うちの学校にはロクな先生が居なくて有名で
 姥捨て山とも言われてるぐらい最悪でやんす。
 嫌な話になってしまいましたが、お友達沢山作って楽しい学校で
 あるといいですね〜
 それではまたね〜」

そうです。
やる気があるんだかないんだから全く不明なベテラン先生です。
覇気は全くありません。しゃべり方もなんだかかったるそうです。
ま、第一印象ですが。
どんなもんなんでしょうかねぇ・・・。

GWに突入したからか、初めて宿題が出ました。
今日、にこにこしながらそれを終えて、すっきり満足げに寝ました。
毎日こうだったらいいのですが(笑)。
まぁ通常は学童保育にて宿題を済ますので、家でやることは
土日のみのはずなのですが。

さてさて、どうなることやら???
です。

では、本題に入りましょう。
続きです。
☆☆☆*********************☆☆☆*********************☆☆☆


第58話

トイレに行ってすっきりしてしばらくしたら看護婦さんが
ベッドの位置が変わることを告げにきました。
退院の人がいるので、場所移動があるのです。
(この出産前の人達の部屋から出られるのかしら??)
と、一瞬期待したのですが、部屋はそのままで
位置が窓際に変わっただけでした。

その移動をきっかけに部屋の人たちとの会話に混ざることが
出来ました。
通常の出産の場合、入院している日数は5日です。
が、しかし、この方達は1ヶ月2ヶ月当たり前の方々なので
院長先生は車を何台ももってるだの、私の二人の子供を
取り上げてくれた先生の奥様がもと芸能人だっただの
病院の先生方やら看護婦さんやらのプライベートな部分を
いろいろ知っていて大変楽しかったです。

5時過ぎ。
廊下から聞きなれた声が聞こえました。

 「ここにもいないねぇ・・・。」

瑞穂の声でした。
どう聞いても私を探しているようでした。
さっきの部屋の入り口入ってすぐの場所ならともかく
この窓際では、部屋の奥まで入らないといることに
気づきはしないでしょう。

おおっと、こうしちゃいられない、と
ベッドから起き、そそくさと廊下に出ました。

 「ママ、いたぁ〜〜。」

瑞穂がうれしそうに駆け出してきました。
お義父さん、お義母さん、パパと、勢ぞろいでした。

 「赤ちゃん見た?」
 「まだ見てない。」
 「見に行こうか。」
 「うん。」

瑞穂と一緒に赤ちゃんを見に行きました。

 「ほら、弟だよ。」

パパがいうと、瑞穂はふてくされました。

 「弟いやなの。」

お義母さんがすかさず言いました。

 「ほら、瑞穂んちの赤ちゃんだよ。可愛いね。」
 「・・・。」

瑞穂は赤ちゃんをじーっと見ていいました。

 「うん・・・赤ちゃん可愛いね。」

どうやら、『弟』ではなく『赤ちゃん』で
納得させるしかないようです。
いくら妹がよかった、っていわれても
男の子が生まれちゃったんだから仕方ないよねぇ・・・。

1時間位いたでしょうか。
みんなは帰っていきました。
後日聞いた話では、藍屋というレストランで
簡単なパーティをかねた食事をとったそうです。
私もなんだか浮れていました。

日記を思い出しながら書き、TVをつけると
W杯日本の初戦が放映されていました。

どこのチャンネルもファンの人の掛け声でいっぱいでした。
日本中が『ニッポン!ニッポン!!』という声に包まれて
いるかのようでした。
子供が生まれたら倭(やまと)とつけるんだ!
旦那が以前言っていた言葉を思い出しました。

やまとのくに−日本−

今日、この日に『やまと』と名づけられる子供が生まれた訳ですが
なんかちょっと因縁めいたものを感じずにはいられなかったのでした。
あとは漢字をどう配置するかのみなのです。
 「大倭」?
 「倭大」?
う〜ん。
難しい・・・。

                         続く

 

 

またまたメールのご紹介です。

 「瑞穂ちゃんの担任もやる気ない感じに見えるんだね〜
 うちの学校にも熱心な先生も居るんだけど、このゆとり教育って
 どう考えても先生が楽してるとしか思えないわ。

 あるベテランの50代半ばの女性教諭は「いい子」が大好きで
 まだ幼稚園や保育園終わったばかりの7歳児、落ち着きなくって
 当たり前じゃんねぇー!!普段も更年期のヒステリーが
 あるのか「あなた達のせいで先生は毎日家に帰ったらグッタリです」と
 子供に言ったそうよ。プロがそんな事を言っていいのかしらねぇ?

 と、思うとうちの40代半ばの独身男性教諭みたいに連絡帳は
 書いてくれない、図工で何を持って行くのか、宿題は何ページなのかを
 子供に記憶させて帰らせる、まだ一年生だから記憶も曖昧・・・
 それで友達に電話して聞いたりして、大変だったのよ〜
 その担任、前の年まで高学年だったのね、低学年が手取り足取り
 やってやらなくちゃわからないって知らないのかしら?!と
 保護者も不満タラタラ〜

 一番ひどかったのは隣のクラスの40代半ばの独身女性教諭・・・
 勉強や体育が苦手な子に向かって「デブだから出来ないんだよ」とか
 「こんな問題もわからないなんて、馬鹿だね」なんて言ってしまって
 さすがに子供だって「デブ」だの「馬鹿」がどう言う意味なのかわかるでしょ
 それで親が激怒。懇談会の席で教師が保護者に謝るはめになったのよ〜
 その先生今年は担任持たせてもらえませんでした。

 親も家庭での躾や教育はちゃんとしなければならないけど
 もう毎年教員採用試験やってもらって、適性もちゃんと見てもらいたい。
 と、母達は話しています。 
 それに宿題に「今日はお友達4人以上で遊びましょう」なんて
 訳のわからぬ宿題を出して欲しくないわよ〜昔じゃ考えられない事
 ばかり・・それだけ時代も変わったんだろうけどねぇー
 それじゃまたね〜」

お友達4人以上と遊びましょう・・・っていうのが宿題・・・。
時代が変わりましたねぇ・・・。

デブだの馬鹿だのって、私達の時代は平気で先生が
言っていた気がしますが、皆様の記憶ではどうですか?
ご意見お待ちしております。

ちなみにうちが以前通っていた保育園は
「みんな違ってみんないい」
という保育方針だったのですけど。。。
ラスト一年という時に入園してきた子がいまして、
聞くところによると、その前に行っていた幼稚園で、
いじめられたんだそうです。
でもそこの幼稚園ではいじめられる側に問題がある、的な
発言をされて・・・転園したらしいのです。
困った先生もいますよね。
子供が他人をいじめる理由ってのは
小さいうちは「自分と違う」ことだったりします。
髪の色が違うだの、背が小さいだの、そんな些細なことだったりします。
それを相手の個性として見ることができず、
いじめに走る子供の方に、何故問題があると見ることが
出来ないのでしょうか??ま、これを問題という風にかくのも間違いかな。
子供だからね。みんな名前や顔が違うのといっしょで
みんな違っていいんだよ、となぜ教えられないのでしょう。
そんな先生がやってる幼稚園なんてつぶれてしまえ!!!
と、強い怒りを覚えたのですが、想いが通じたのか
再来年で閉園するそうです(笑)。
決して、私が呪ったわけではありませんよ。
話がだいぶそれてしまいました。
では、本題です。


第59話

頭がガンガン・お腹がズキズキ・・・。

昨夜から子宮収縮の痛みがひどく、たまらなく痛い(T_T)
さらに暑くて寝汗びっしょり。
替えのパジャマ頼まなきゃ・・・って感じです。
夜中の2時半に痛みで目が覚めてしまい、さらにその痛みの為
しばらく寝られなくて、寝不足のため、今朝は頭も痛い。

そうだよねぇ・・・。
13日の夜は一睡もしてないし、14日の夜も痛みで
まともに寝てないんだもんねぇ・・・。

あぁ。。。
ほんとに。
寝たいのに〜。。。

会社に生まれました〜と、電話をする。

翌日6/15・経産婦の私は本日より授乳開始。
といってもとりあえずは哺乳瓶のミルク。
9時の授乳からで、8:45分にベビー室の前に集合。
経産婦といっても、この病院で赤ちゃんにミルクを
あげるのははじめてのことです。
瑞穂はとうに医療センターにいってしまった時間ですから。

で、この病院。
今改装中のため、授乳室が使えません。
持参したバスタオルを持ってベビー室に行き、手を消毒したのち、
赤ちゃんとミルクを受け取ると、自分のベッドに連れて行って
授乳になります。

自分のベッドに連れて行けるってなんかいい!!
一人目で出来なかったので、とてつもなく楽しい!!


ミルクをよく飲みます。
ふふふ。
なーんかうれしくてにやけてしまいます。

そして思ったの。

一人目の時。
瑞穂が医療センターに行ってしまって
あぁ・・・って脱力してしまった私。

本当に楽しくなかったんだなぁ・・・って。

楽しくないとか、さびしいとか、そういった
感情さえもあの時は浮かばなかったなぁ・・・って。

同じ場所に立って、今浮れている自分に気づき
改めてそう思ったのでした。

授乳が終わると、またまたベッドの移動です。
今度は全員産後の人ばかりの部屋で、あぁ、良かった・・・。

昼食後、体重計を見つけ、恐る恐る計る。

え?




嘘。
7キロも減ってる。


信じられないんだけど、何回乗っても変わらないし
体重計も針がマイナスとかになってるわけでもない。


きゃーーー!!うれしーーー!!!(^O^)

徹夜のおかげかしら??

この際だから入院中にあと2キロ位落ちないかしら???
へへへへへ。



喜びもつかの間。
お腹の痛みだけはどうにもこうにも消えず
食後の子宮収縮を促す薬を一錠減らして飲むことにしました。

午後にはおっぱいのマッサージも始まりました。
すると、さらにお腹が地獄の苦しみ・・・。

う〜〜〜・・・・。
でも収縮悪いらしいし・・・・。

あぁーーーー!!
なんとかして〜〜〜〜
痛いよぉ〜〜〜〜(T_T)・・・。

     
                       続く

 

 

またまたメールのご紹介です。

 「おーっと!また学校の話題でございますね〜!!

 馬鹿だのデブだの、って言ってた先生は昔、居ました。
 実際、私は「お前が馬鹿だからもう一回説明するんだからな!」って
 女性教師に言われ、算数が嫌いになったきっかけでもあるのを
 今でも忘れませんが、親はそんな事ぐらいで担任に文句を言ったり
 しなかったし、学校に行ったら先生に任せると言う態勢で
 保護者もいたのでしょう。

 去年長女の担任が本当にひどかったの。定年間近の独身女性教諭
 毎日30分から1時間で終わらないような沢山の宿題を出し
 親が協力しなければ出来ないような難しい宿題も出されました。
 そう言う時は夜12時近くまで眠いのを我慢して泣きながら宿題を
 やらせました。やらないと翌日叱られるのは自分だ、ってわかってるから
 本人も頑張ってました。まだ3年生なのにまるで受験生のようでしたよ。

 沢山宿題を出されて、それで外遊びをしましょう、夜9時には
 寝ましょうなんて言うんで何言ってんだ!って思ってました。
 悪戦苦闘してやっと宿題終わらせて、寝るのが遅い。いつだか
 寝不足もあって、軽い頭痛があったらしく、保健室に行きたいと
 本人が先生に言ったら「昨日何時に寝たんですか?夕飯は何
 食べましたか?朝ご飯は何を食べたんですか?今朝、排便
 出来ましたか?今、座っていられないんですか?」って
 取調べのように質問されたそうです。

 起きていられない、教室に居られないから自分で保健室に行きたいと
 言ってるのに、とっても嫌な顔をされたそうです。そう言われた子が
 他にも何人か居たみたいで、どんな理由があっても具合悪いって
 本人が言ったら保健室に行かせて欲しいって親達は言ってました。
 サボリだったら困るけど、自分の体は自分にしかわからないでしょ。

 それでもほとんどの親が学校に文句も言わず、私も子供が先生を
 嫌いになったら登校拒否になりかねないので、言葉には注意し
 協力してました。先生は私に付いて来れないのは家庭での教育が
 悪いと思っていたようですが、毎日4時過ぎに下校して遊びに行っても
 5時までには帰宅しなくてはならないし、習い事してる子が多いので
 沢山で遊ぶのがなかなか難しい。先生は子供がどう言うペースで
 生活してるかわかってないと思いました。
 
 大変な一年だったけど、でもその先生のお陰で色々勉強になったし、
 子供自身もとっても強くたくましく成長したと実感してるって言うか
 しないと救われないわ〜
 まーなんだかんだ言っても子供に罪は無いって事よね。
 それを教育する親や教師が問題なんだからね〜
 私も本当に気をつけなくては・・・って思うしあれこれ考えさせられます。

 長ったらしくなってごめんね、今日は母の日なのに
 だーれも何にもしてくれてませーん (T_T)」


こんにちは。
外遊びをしつつ、夜9時に寝るって結構大変だと思います。
うちは学童にいってますけど、お迎えが6時過ぎで、帰宅が6時半過ぎ。
そこから親は夕飯に取りかかり、子供は明日の用意やらなにやら・・・。
宿題は学童でやってきてくれてますから、あとは夕飯食べてお風呂に入って
寝ましょ、って感じですが、気づけば9時をまわっていたりします。

は〜。。。
これで手に負えない宿題が出た日にはどうなるのでしょう・・・。
不安です。

母の日ですか。
今年は早々と、5/7に学童保育で、みんなで作ったクッキーをもらいました。
メッセージカードには「おかさん、ありがとう」とありました。
『おかさん』?
とつっこむと「あ〜〜、がない!!!」と自分でびっくりしてました(笑)。
更に一言。
「このチョコは瑞穂が食べるからね。」



「ママにくれたんでしょ?だからママが食べるんだよ?」

と答えたら大泣きされました。
まったく〜!!!

ではでは、続きです。


第60話

痛みと戦いながらの半日を終え、昼食後
歯磨きをしながら、洗面所にて目の前の鏡を
何気に見た。

!?

思わず身を乗り出して覗き込む。

顔中ブツブツがたくさん出ている。
ジンマシン・・・?

かゆくもなーんともないんだけど
きっと、疲労のためだろう。
うひょーーーー!初体験

まったく、もう、いいけどね、って感じです。

4時過ぎにパパと瑞穂が来院。
6時の授乳で、ベッドに連れてきた赤ちゃんを
パパは初めて抱きました。
多分本当はいけないんだろうけど、ベッドの
周りのカーテンをしっかりしめて、外から
みえないようにしての、抱っこでした。

パパ超感激。
瑞穂も赤ちゃんの頭をなでてうれしそうでした。

6時の授乳が終わると夕食です。
自宅でもおばあちゃんが作ってくれた夕飯が待ってます。
お別れの時間です。

もう、当然瑞穂は大泣き。

かわいそうに・・・。

パパが抱えて、帰っていきました。
ちょっとさびしいママなのでした。

お腹の痛みはひどくなるばかり。
経産婦の方が痛いとはいうけど、
あたしゃ初産の時も痛かったんだから、経産婦になって
さらに倍!って感じ。

痛みで起きてしまうため、まとめて寝られるのは
3時間が限度。あとは10分おきだったり、20分おきだったり。。。

う〜・・・・。

誰か助けて・・・。
産めば終わるという期限付きと違って
いつ終わるかわからない後腹って、きら〜〜〜い!!!!

                           続く

(トップページへ戻る)